2008年12月

2008年12月30日

年の瀬にこんな話ばかりですみません

祖母の通夜・告別式が終わりました。
自宅から1時間30分はかかる場所での通夜・告別式だったので、
夜遅かったり、朝早かったりで大変でしたが、
とどこおりなく終わることが出来ました。

喪主は父で、終始、車椅子での参加になりました。
母は、体力他の問題で参加を見合わせ、かといって一人にはできないので、
兄嫁であるお義姉さんに留守番をお願いして、私と兄が参列しました。

・・・

おばあちゃん。

104歳なのに、
すごく痩せてしまっていたのに、
ひいき目抜きに、何だかとってもキレイでした。
まるで眠っているみたいに、すごく静かな、とてもいぃ顔をしていました。

火葬後も、小柄な上に高齢だったので、骨もかなり砕けてしまっていたというのに、
信心深かったおかげなのか、ノド仏だけはしっかりと、とてもきれいに残りました。

初めてノド仏の本来の姿を見た気がします。

そんなおばあちゃんは、今、うちにいます。
ずっと帰りたがっていたこの家に、やっとやっと。
・・・帰ってくることができました。

おかえりなさい、おばあちゃん。

今日は久しぶりのこの家で、おばあちゃんが昔いたあの部屋で、
父と一緒に、みんなと一緒に、
ゆっくり休もうね。。。

at 22:14|PermalinkComments(3)親/医療 

2008年12月26日

12月26日

本日、祖母が静かに息をひきとりました。
104歳と約5ヶ月。

おそらく、これ以上はないくらい自然な形での終焉だったと思います。

食事が出来なくなり、徐々に血圧が下がり始める。
身体から栄養となる要素がゆっくりと消え、
そして最後に、ゆっくりと静かに呼吸が止まる。。。

魂があるのなら、
身体が機能を停止したことに気づかないんじゃないかと思うくらい、
きっと静かな最期だったのだと思います。

ゆっくりと身体の機能が低下し、一つ一つ静かにその機能を停止していく。
その過程に、苦しみはなかったのだと信じたいです。

でも。。。正直、かなり悲しいです。

私は今まで、身内と呼べる人を見送ったことがありません。
ここまで近しい人を見送るのは、祖母が初めてです。

ここしばらくは一緒に住んでいなかったし、
一年に1?2度会うくらいの頻度になっていましたが、
生まれたときから共にいて、物心がつくまでの十数年を同じ家で過ごしました。
自他共に認める、おばあちゃんっ子です。

・・・気を抜くと、涙腺がゆるんできます。

でもきっと今頃は、
60年前に死別したおじいちゃんと再開して、

 久しぶりね? まぁ長いこと待たせちゃったわね?

なんて言って、笑ってるんじゃないかと想像しています。
それとももしかしたら、

 60年も一人で大変だったのよ?
 ちょっと聞いてちょうだい?

なんて、ずーっと話してたりするのかな?

おばあちゃん、今まで一人でいっぱいがんばったね。
おじいちゃんと、ちゃんと会えたかな?
ゆっくり休んで、そっちでみんなを見守っていてね。

at 22:07|PermalinkComments(0)親/医療 

2008年12月25日

クリスマスに当たり

少し前に、カレ・ド・ショコラという、
森永のチョコのキャンペーンに応募していたのですが、
当たったみたいです?クラッカー

クリスマスに届くと、何だかサンタさんに貰ったカンジ?プレゼント

今日は朝から「チョコが食べたい?」といって、
会社の生協でチョコを買って食べていたので、
家に帰ってチョコが届いているのを見て、びっくり。

クリスマスに何だかチョコづいているな?音符

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at 21:23|PermalinkComments(1)日常 

クリスマスツリー

うちの玄関にあるクリスマスツリーです。
腰の高さくらいまであるのですが、
ママはこれを抱えて階段を降りてくる。
恐怖です。

でも、ま、キレイっちゃキレイですよね。

画像は携帯で撮ったのでちょっと暗いですが、
なんとなく分かるかな?。。。

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at 21:15|PermalinkComments(0)日常 

2008年12月24日

104歳の祖母

104歳の祖母が、寝たきりになりました。
もう食事も出来ず、
水も、付き添いの人が口に含ませるのが精一杯らしいです。

点滴は、常にじっとしているわけではないので危ないということと、
成分が強すぎるということで、打つことができないそうです。

一日の大半を寝てすごし、
食事も、水分も、栄養もとることができない状態となりました。

体温や、血圧、その他は正常なのに、
エネルギーを摂取する手段を失ったのです。

施設の人から入院の相談もあったのですが、
医者の方が、もう打つ手はないと判断したようです。
ケガでも病でもなく、老衰として。

ただただもう今は、ゆっくりと静かに、
エネルギーが尽きていくのを、見守るしかない状態です。

施設の人も、医者も、
面会に来ても、意味はないと言います。

父も、最後に面会したあの日の記憶を・・・
車椅子に乗り、自分で食事ができ、会話にならなくとも言葉を口にし、
一瞬だけでも父を自分の息子と認識したあの日の記憶を、
それを最後の思い出にするために、もう面会には行かないと言いました。

私を、一番下の孫として可愛がってくれたおばあちゃん。
幼いころにともに過ごしたおばあちゃん。

施設に入ってから、
あまり会いに行けずに後ろめたくもあったのだけれど、
でも、忘れたことはなかったよ。

ゆっくりと静かに火が消えていくのを見守るしかないけど、
きっと今、苦しくはないよね。

あまり面と向かって言ったことはなかったけど、
おばあちゃん、大好きだよ。
ホントに、大好き。
ずっと忘れないからね。

at 23:16|PermalinkComments(0)親/医療